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VOICE 45. | 2017. August | EN ISOMOTO

 

Text_Viola Kimura

 

 

今回のゲストは、京友禅の老舗として不動の地位にある千總(ちそう)の 礒本延氏。長い伝統を受け継ぐ千總で営業職から製作本部長を経てクリエイティブ・ディレクターとして指揮を執る彼だが、現代の時代ならではの視点で日本文化の発信に寄与している。着物をはじめとした日本の文化資源を一体どのように捉えているのか。丸の内の街が担う役割についても話を聞いた。

 

 

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千總でお仕事をされることになった経緯を教えてください。

 

「僕自身は京都で生まれ育ちましたが、直接呉服業界に関わりがある家の出身ではないんです。ただ、父が料理人で母が茶道をやっていましたので、着物には関わりを持って育ってきました。就職するときは何となくという感じで、呉服業界の中で一番古いのはどこか、という基準だけで千總を選びました。一番古くからある、ということはずっとナンバーワンだということですから」

 

 

これまでどんなお仕事をされてきましたか。

 

「最初は営業職で、お客さんのニーズを聞く役回りでした。その後、製作部長などを経て洋服素材を扱う子会社に異動しテキスタイル製作に関わり、その後、千總の着物製作も兼務してからクリエイティブ・ディレクターとして働くように。千總系列工房では洋服と和服の素材を一緒に扱う兼業をしてもらっています。一番のクライアントであったYohji Yamamotoさんに『和服と洋服、というように分ける必要はない。日本人が着るもの・日本人が作るものは全て着物。古い着物の概念は捨ててくれ』と言われたことが、今の着物を衣服として捉える考え方のベースになっています」

 

 

 

和服と洋服を同じように扱うことについて、詳しく教えてください。

 

「着物は歴史的に見れば大陸から伝わってきたもので、日本が独自に解釈して今の形に変わってきました。和服と洋服を分けて考えるようになったのはここ100年くらいのこと。大正までは紋付き袴にシルクハットと靴で合わせていました。本来ならそれがさらに進化していくべきでしたが、戦争でリセットされてしまいました。Yohji YamamotoやCOMME des GARÇONSなど、日本のデザイナーが世界で評価されるのは『日本人が考えた衣服だから』。個人的には和服の進化バージョンが見えるからではないかと考えています。日本のデザイナーは直線的なパターンが得意です。現状のファッション自体も進化の延長にいるのではないでしょうか。自分が扱っている京友禅は、例えるならクラシック音楽のようなものだと思っています。譜面がちゃんとありながら、時代に合う解釈を加えて演奏をしていく。着物の形が残ってきたのは、島国の風土にマッチしたからであるという理由があります。型を持っていることは強み。着物の仕事をすることは、変わらない譜面を持つことであって、いじくりまわして違う音楽にすることではないと最近は思うのです」

 

 

 

どんどん新しいことにチャレンジされていますが、古典・革新、着物・洋服、それぞれへの関心はどれくらいの割合にありますか。

 

「関心の9割は古典にあります。培われたデザインや技術は奥深く、興味が尽きません。なぜ着物がこの形になっていったのか、といったことが気になります。それはクラシック音楽でそのルーツを探ることにも似ています。他にも指揮者によって感動するものもあればしないものもある。材料は一緒なのに何が違うの? と。古いものの中にクリエイティブがあるんですね」

 

 

VOICE 45. | 2017.September | EN ISHIMOTO(株式会社千總 常務取締役) | Photography by Keiichi Nitta

 

 

着物の良さを広める戦略にはどのようなものがあるのでしょう。

 

「素材や技術デザインを知ってもらうきっかけとしてストールや雑貨をやっています。これからは子供に知ってもらうための努力をしていきたいと考えています。視点の持ち方が固まっていない子供たちに、着物を着てもらう体験などしてもらえたら良いなと」

 

 

 

友禅は海外の人にも受け入れられやすい目をひくデザインと色が印象的ですが、海外に向けての発信という面ではどんなことを目論んでいますか?

 

「日本人は自分たちの文化がいかに面白いかを伝えるのが下手。千總でパリに京友禅を出展した経験がありますが、京友禅だけを海外に発信しているだけではだめだと感じています。全国各地にはその土地土地の個性ある衣服があり、風土や精神性などの体系があります。それらも伝えてゆく必要がありますね。パリで京友禅を展示した時も『日本ではみんながこれを着ていたのか?』という質問が出てくるんです。京友禅は日本文化の一側面であることも伝えなければいけません。丁寧に背景のストーリーを語る過程を省くと、一過性のファッショントレンドとして使い捨てられてしまいます。世界的な日本文化ブームは周期的にやってきます。1900年のパリ万博の際は、日本にまつわる膨大な情報が発信されました。衣食住すべてをプレゼンテーションしたからこそジャパンスタイルが伝わり、フランスなどでも彼らの芸術の中に日本が根付いたんですよね。今は全部『点』でしか伝えられていない。今の時代であれば漫画で描いてもらう、などの発想で伝達していっても良いかもしれませんよね。日本文化の全貌がわかるような『面』をみせる努力をしていくべきだと思います」

 

 

 

丸の内の街はそんな日本文化の「面」を発信していくために、どんな役割を果たせるでしょうか。

 

「丸の内は『面』を紹介できる街としては日本で一番良いのではないでしょうか。東京駅があり金融街があり皇居があり、今の日本を象徴する場所です。文化の拠点になりうる場所だからこそ、商業的でなく文化を体験できる場所になっていったら良いと思います。丸の内は全国の玄関だからこそ、地方にとっても重要な場所。もっと上手く全国の魅力も発信していけるんじゃないかと思います。例えば、各県のアンテナショップは一箇所に集めて出しても良いし、縦軸として風土に根ざした精神性のプレゼンテーションなどもあると尚良い。そういった面で大きな器を持っている、三菱地所という歴史のあるデベロッパーの存在は可能性の塊。丸の内ハウスにきているお客さんも、東京以外の出身の方だって多いわけですから、その方々にお国自慢の発信の機会を持ってもらうのも面白いのでは。日本に住んでいることがまた楽しいと思えるはずです。そのプレゼンテーションの中で衣服が担っている役割も大きいと思います」

 

 

 

延さんの現在のフェーズやこれからの展望を教えてください。

 

「この業界で25年やってきていますが、毎年自分も成長をしたいと思っているし、以前は漠然としていた好奇心や疑問も、具体的なやりたいことへと変わってきています。クリアしていきたいことはどんどん増えていますね。 千總としては基準を失わないということが大切だと考えています。演奏者も育てていかなければいけません。後進の育成、素材技術をどう育てていくかというところを、3年ないし5年単位で取り組んでいこうと思っています」

 

 

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礒本延(いそもとえん)

1970年生まれ。株式会社千總常務取締役。新卒で株式会社千總入社。営業部、新規事業部・企画部を発足、制作本部長などを経験。長年、制作本部の友禅染着物を監修している。2017年まで千總のクリエイティブ事業を担う株式会社あーとにしむらの代表取締役社長も兼務していた。あーとにしむらでは海外のファッションブランドテキスタイル制作に関わり、海外ブランドやアーティストとのコラボレーションを展開。千總の持つデザイン資料や素材、技術を広めるため、国内外で展示会「YUZEN ART EXHIBITION」を手がけてる。

 

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