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2026

1.1 Thu

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思いは千里を駆ける

 

思いは千里を駆ける

昔、唐の韓愈(かんゆ)(768~824)は「千里の馬は常にあれども伯楽は常にはあらず」と言いました。一般的な意味としては「世間に馬の良し悪しをよく見抜く人(伯楽)がいてこそ、千里も走る名馬というものがありうるのである。名馬はいつでもいるけれど、それを見抜く人はいつもいるとは限らない。だから、たとえ名馬がいたとしても、伯楽がいなければ、千里も走る名馬も活躍できないまま終わってしまうだろう」という故事です。
年配の人は「近頃の若い者はだめだ」とつい口に出してしまいがちですが、この「最近の若者は」という言葉は現代に限った言葉ではなさそうです。調べてみると今から5,000年前の古代エジプトの遺跡の壁画や粘土板の書簡には「最近の若者はダメだ。私達が若い頃は…」とすでに記されていたそうです。また古代ギリシアでも同じようにあの有名な哲学者プラトンでさえも「最近の若者は年長者を敬うこともせず」と言ったと記録されています。そして我が国日本では平安時代の「枕草子」や鎌倉時代の「徒然草」にも、「最近の若者は…」的な言葉が見られるそうです。若い世代の文化を年配が理解できないのは当然です。しかしやがてその若者だった人たちも年配となり「近頃の若い者は」とぼやくことになるでしょう。これはこれから何千年も繰り返していくことになるでしょう。
これからの時代はAIとともに成長してきた多くの若者が社会人として登場してきます。否応がなしに世代間の価値観の違いに向き合わなければなりませんが、AIが文化を作るわけではありません。未来に文化をつなげるためにはAIだけではなく自分の信念で道を見つける若者と自分の眼で千里馬を見つけ、磨き育てることができる伯楽なる人の出会いがかかせません。
1里=4㎞とすれば千里は1日に4,000㎞、だいたいの直線距離にすれば東京―北京間を1日で往復する優駿ということになります。天馬のように駆け巡るそんな名馬がいたらさぞ素晴らしいファンタジーでしょう。科学が登場する以前、人と人との思いのつながりを大切にしていた昔の「一念岩をも通す」という言葉は、AIが重宝される現代においても全く古いものではないように思えます。むしろ人の思いや祈りが千里を駆けめぐり人に届くと信じることは現代においてこそ大切な心構えであり、これからの未来では千里を駆ける人間の思いがAIを超えていくにちがいありません。

画家 佐藤真生(MAO)

 

 

 

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